大阪高等裁判所 平成3年(ネ)1780号 判決 1992年2月26日
主文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
二 平成三年(ネ)第一七八〇号事件の控訴の提起に要した費用は一審原告らの、平成三年(ネ)第一七八六号事件の控訴の提起に要した費用は一審被告の各負担とし、その余の当審における費用は、これを二分してその一を一審原告らの、その余を一審被告の各負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 一審原告らの控訴の趣旨
1 原判決中一審原告ら敗訴部分を取り消す。
2 一審被告の一審原告らに対する大阪高等裁判所昭和五八年(ネ)第四四五号建物収去土地明渡等請求控訴事件判決に基づく強制執行は、これを許さない。
3 一審被告の一審原告らに対する大阪地方裁判所昭和六二年(ワ)第一一二五〇号損害賠償請求事件判決中、原判決の別紙債務名義目録(二)記載一の部分に基づく強制執行は、これを許さない。
4 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。
二 右控訴の趣旨に対する一審被告の答弁
1 一審原告らの控訴を棄却する。
2 控訴費用は一審原告らの負担とする。
三 一審被告の控訴の趣旨
1 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
2 一審原告らの一審被告に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。
四 右控訴の趣旨に対する一審原告らの答弁
1 一審被告の控訴を棄却する。
2 控訴費用は一審被告の負担とする。
第二 当事者の主張及び証拠関係
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示及び原当審記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。
一 原判決の事実摘示の付加、訂正
1 原判決四枚目裏一一行目の「原告らは、」の前に「仮に右(1)の主張が認められないとしても、」と付加する。
2 原判決六枚目表四行目の「第5項の事実は、認める。」を「第5項の事実中、平成元年一〇月末日までの賃料相当損害金は支払済であることを認め、その余は否認する。」と改める。
二 一審原告らの主張
1 原判決は、D部分(原判決別紙物件目録(三)記載の建物部分)が本件建物(1)(原判決別紙物件目録(二)(1)記載の建物)とは別個の建物であると認定し、その同一性を否定したうえで建物買取請求権の対象から除外している。しかし、D部分は、旧来の建物と同一性を有する。その根拠は、以下のとおりである。
(一) D部分につき建築確認申請はしているが、これは、一審原告中村不動産株式会社(以下「一審原告会社」という。)が建物の増築ないし改築で処理しうるものと思っていたところ、一審被告が大阪市に通告し、同市の判断で建築確認申請をするように指示されたにすぎない。
(二) 本件建物(1)の改造にとりかかったところ、予想外にD部分の傷みが激しく、当初の予定よりも大幅に改造しなければならなくなったものであって、D部分の建物の大きさ、高さ等は旧来の建物の延長と見ることができる。
(三) D部分の建物の改造の材料も、旧来の建物の柱や壁等を使用しており、D部分を旧来の建物と別個の建物と評価するのは行き過ぎである。
したがって、建築上の観点から見ても、D部分は、旧来の建物と同一性を有する。
2 D部分は、仮に建築上旧来の建物と同一性を有しないとしても、法的には旧来の建物と同一性を有するものとして、建物買取請求権の客体とされるべきである。その根拠は、以下のとおりである。
(一) D部分の改造がなされた時期は、一審原告らが建物収去土地明渡請求事件の一審(大阪地方裁判所昭和五五年(ワ)第七三二六号)で勝訴した後の控訴審(大阪高等裁判所昭和五八年(ネ)第四四五号)係属中であって、当時、一審原告らは、本件土地の賃貸借契約の更新が認められることが期待できたうえ、右賃貸借契約には増改築禁止の特約もなかったのであるから、右時点における改造は背信的なものではなかった。
(二) D部分は、その建物規模からみても、旧来の建物と殆ど変わるところはく、一審被告は、D部分の改造がなくても旧来の建物を買い取らなければならなかったのであるから、D部分につき建物買取請求権を認めても特に一審被告に不利益はない。
(三) 建替と大改造とを実質的に区別することは困難であり、例えば木造建物を鉄筋コンクリートの建物にしたとかのように極端に耐用年数の長期化をもたらす場合以外は、建物の同一性があると見るべきである。
3 一審被告の当審における後記主張をいずれも争う。
(一) 一審被告は、甲事件(大阪高等裁判所昭和五八年(ネ)第四四五号建物収去土地明渡等請求控訴事件)の判決確定後は一審原告会社は建物買取請求権を行使することができないと主張し、その理由として一審被告の経済的不利益を主張するもののようである。
しかしながら、借地上の建物が第三者に賃貸されている場合借家人が存在するままで建物買取請求の目的となるのは当然のことであるから、一審被告主張の借家人が存在する場合の不利益は、甲事件の判決確定後に建物買取請求権を行使する時に固有のものではない。また、建物買取代金の算定にあたっては、借家人の存在は当然に考慮されるであろうから、一審被告に特段の不利益は生じない。
したがって、一審被告主張の理由は、甲事件の判決確定後建物買取請求権の行使を許さない根拠にはなりえない。
(二) 一審被告は、一審被告と一審原告会社との間に指図による占有移転を行うことについて合意が成立していないと主張する。
しかしながら、建物に借家人が存在しその借家人が建物を占有する場合において建物買取請求権が行使された場合には、土地賃借人が直接に土地の占有を土地賃貸人に移転する方法はないのであるから、土地賃貸人から土地賃借人に対し土地の返還を求めるという意思表示の中に、指図による占有移転を承諾する意思表示を含んでいるものと解するべきである。したがって、借家人が存在している場合に建物買取請求権が行使された場合には、土地賃貸人は土地の返還を求めながら指図による占有移転を拒否することは許されないというべきである。
三 一審被告の主張
1 原判決は、請求異議事由としての建物買取請求権の行使を認め、その理由の一つとして、建物買取請求権の行使は、執行方法上問題となる建物の所有権について変動は生じさせるが、本来の土地明渡義務自体について変動を生じさせる性質のものではないことを挙げる。
確かに、土地明渡義務には変動が生じないものの、原判決は、地上建物の収去義務については一旦判決により確定しているにもかかわらず、建物買取請求権の行使によって変動が生じることを度外視している。また、建物収去義務を伴う土地明渡と建物が存在したままの明渡とは、土地所有者にとって経済的には大きな差異がある。すなわち、土地所有者としては、土地を明渡してもらったといっても、その地上に建物が建っておれば土地の再利用をするには建物を取り壊さねばならず、その費用を負担せねばならない。また、建物に賃借人がおれば法的に明渡が困難であり、明渡を求めるにしてもその交渉から訴訟までしなければならず、その労力、費用は多大のものが予想される。ましてや、建物に抵当権がついておれば、競売によりその所有権を失うことすらある。以上のように、建物買取請求権は、賃貸借の当事者間の法律関係に変動をもたらし、一方に負担を強いるものであるから、時効消滅しない限りいつまでもその行使ができるというのではなく、その行使には自ずから制約があるものというべきである。
本件では、一審原告会社は、甲事件(大阪高等裁判所昭和五八年(ネ)第四四五号建物収去土地明渡等請求控訴事件)において、建物買取請求権を行使することができたのに、これをしなかったのであるから、甲事件の判決確定後は建物買取請求権の行使を封じることにしても、一審原告会社に酷であるとはいえない。また、賃貸借の当事者間の法律関係の不安定さを解消せしめる確定判決の機能からいっても、甲事件の判決確定後は建物買取請求権の行使を封じるのが、妥当である。
2 一審原告会社は、建物買取請求権を行使せずに、昭和五五年四月一日から平成元年一〇月末日までの九年七か月もの長期間にわたって、賃料相当損害金を支払ってきた。このことからすれば、一審原告会社は既に建物買取請求権を放棄したとすべきである。
3 原判決は、一審被告は指図による占有の移転を承諾しない旨の一審被告の主張に対する判断として、一審原告会社において指図による建物の占有移転を行う旨一審被告に表示すれば、両者間に指図による占有移転を行うことについて合意が成立したものというべきであると判示する。
しかしながら、当事者間には、いかなる合意についての証拠も存在しない。さらに、右のような合意を擬制することは法の趣旨を逸脱するものである。すなわち、指図による占有移転に承諾を必要としたのは、引渡に伴う不利益を意思表示のみで一方的に押しつけることは公平に反するからであるが、本件の指図による占有移転は承諾していない一審被告に不利益を強いることは明らかで、不当というべきであるからである。
4 一審原告らの当審における主張を争う。
D部分の改築工事がなされたのは、本件土地の賃貸借契約が終了した昭和五五年三月三一日以降であることは明らかで、その改築規模も修理修繕の類ではなく建物の主要部分を取り壊して新築するというもので、D部分と旧来の建物との間には全く同一性は認められない。賃貸借契約終了後の改築建物についてまで建物買取請求権を認めるとすれば、建物買取請求権を認めた法の趣旨にもとることは明白である。
理由
一 当裁判所も、本訴請求は原判決認容の限度において理由があるがその余は失当であると判断する。その理由は、次に付加、訂正するほか原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決八枚目表二行目の「のであるから、」を「ことなどを理由として、」と改め、同五行目の「認められているものであること、」の次に「一審原告会社が甲事件において建物買取請求権を行使することは可能であったといえなくはないが、成立に争いのない甲第一号証、第一二号証によると、一審原告会社は、甲事件の原審において、本件土地の使用継続についての異議に正当事由がないとして本件賃貸借契約の更新を肯認する判決を得たうえで、甲事件においても、本件賃貸借契約更新の主張を維持して本件賃貸借契約が継続されることを強く期待していたことが認められるのであるから、一審原告会社が建物買取請求権の行使を甲事件の口頭弁論終結前になさず甲事件敗訴後になしたとしてもこれを不相当であるとは非難できないこと、」と付加し、同八行目の「できたこと」の次に「など」と付加する。
2 原判決八枚目裏二行目の「二月」を「八月」と改め、同四行目の次に行を改め「なお、一審原告らは、D部分と本件建物(1)とは同一性を有すると主張するが、右認定事実に照らせば、一審原告らの右主張は採用できない。また、一審原告らは、D部分は、仮に建築上本件建物(1)と同一性を有しないとしても、法的には旧来の本件建物(1)と同一性を有するものとして、建物買取請求権の客体とされるべきであると主張するが、右主張が根拠として挙げる、<1>建物改造についての背信性の有無はそもそも建物の(法的)同一性を左右する要素とはいい難く、<2>建物規模が殆ど変わることがないことについてはこれを認めるに足る証拠がなく(かえって、前記乙第四号証によれば、D部分は旧来の建物の当該部分に比べてその床面積を拡大させて、建物規模を増大させていることが認められる。)、<3>建替と大改造とを区別することの困難さも、本件のD部分については、前記認定のとおり旧来の建物の当該部分を全部取り壊し、新たに基礎工事をしたうえ独立の出入口を有する新建物を建築していることからすれば、旧来の建物の取り壊しにより旧来の建物は滅失し、新たなD部分の建築は独立の建物として新築されたものと判断できるから、結局、一審原告らの右主張も採用できない。」と付加し、同五行目の「対するる」を「対する」と改め、同八行目の「本件賃貸借契約終了後に建築されたものであるから、」を「本件賃貸借契約終了後に建築されたもので、借地法四条二項所定の「権原ニ因リテ」土地に附属せしめられたものとはいえないから、」と改める。
3 原判決九枚目表六行目の「結果が生ずることはない。」の次に「また、借地人の投下資本の回収を可能ならしめようとする借地法四条二項の趣旨からすれば、一筆の土地の上にある複数の建物についても各建物毎にその買取請求の可否が判断されねばならない。」と付加する。
4 原判決九枚目裏四行目の「第一四号証の一ないし二五、」の次に「成立に争いのない乙第三号証の一ないし三、」と付加し、同八行目の「異議はない旨通知したこと」の次に「(この事実については、当事者間に争いがない。)」と付加する。
5 原判決一〇枚目表七行目から同裏三行目までを次のとおり改める。
「2 ところで、一審被告は、指図による占有移転を承諾していない旨主張するので、この点について判断する。
前記甲第一号証、第一二号証及び前記認定の事実によると、一審被告は、大阪地方裁判所昭和五五年(ワ)第七三二六号建物収去土地明渡等請求事件及びその控訴審である甲事件(大阪高等裁判所昭和五八年(ネ)第四四五号)において一審原告会社に対して本件各建物の収去と本件土地の明渡を請求し、右請求につき確定判決を得たこと、これに対し、一審原告会社は平成元年一二月一日到達の書面で本件各建物につき建物買取請求権を行使したので、D部分を除く本件各建物の所有権は当然に一審被告に帰属したこと、しかも、本件各建物には借家人が居住しこれを占有していることが認められるから、一審原告会社は一審被告に対しさしあたり右建物につき現実の引渡をなすことは困難で、指図による占有移転をするしかないといえる。ところで、土地所有者からの建物収去土地明渡の請求訴訟中に建物について借地法一〇条の買取請求権が行使された場合には、右明渡請求は建物引渡請求を含むものと解され、しかも、建物に貸借人があるときには、建物の現実の引渡をすることができないから、指図による占有の移転を求める趣旨と解されるから、右趣旨による判決を言渡すべきこととなる(最高裁判決昭和三六年二月二八日民集一五巻二号三二四頁参照)。そして、このことは、土地所有者が建物収去土地明渡請求訴訟につき確定判決を得た後、借地法一〇条の建物買取請求権が行使され、右建物に貸借人がある場合も同様であり、建物買取請求権を行使されたことにより、一審被告の本件高裁判決(甲事件判決)に基づく建物収去土地明渡の債務名義は、建物買取請求の対象たりうる建物については指図による占有移転を求める債務名義の限度で有効に存続するものと解するのが相当である。しかして、一審原告会社は、一審被告に対し、前示のとおり、平成元年一二月一日到達の書面で(建物買取請求権の行使と共に)、本件各建物につき指図による占有移転をする旨の表示をしたのであるから、本件高裁判決の債務名義は、建物につき指図による占有移転を求める限度で有効に存続することとなり、これに対し一審原告会社は本件各建物につき指図による占有の移転をする旨表示したから、一審被告と一審原告会社との間にはD部分を除く本件各建物につき指図による占有移転をする合意が成立したということができる。
してみると、指図による占有移転につき合意のないことを内容とする一審被告の主張は採用できない。」
6 原判決一〇枚目裏四行目の「そうすると、」の次に「一審原告会社は、平成元年一二月三一日、一審被告に対し指図による占有移転の方法でD部分を除く本件各建物を引き渡したということになる。そして、本件土地は本件各建物の敷地となっているから、」と付加し、同五行目の「ものとして取り扱うべきことになる。」を「ものといえるのである。」と改める。
7 原判決一一枚目表四行目の次に行を改めて以下のとおり付加する。
「さらに、一審被告は、当審において、一審原告会社は、建物買取請求権を行使せずに、昭和五五年四月一日から平成元年一〇月末日までの九年七か月もの長期間にわたって、賃料相当損害金を支払ってきたので、一審原告会社は既に建物買取請求権を放棄したとすべきである旨主張する。たしかに、平成元年一〇月末日までの本件土地の賃料相当損害金が支払済であることは当事者間に争いがないが、右事実のみでは建物買取請求権の放棄があったとすることはできず、他に建物買取請求権の放棄を認めるに足る証拠はないので、一審被告の右主張は採用できない。」
8 原判決一一枚目裏一行目の「平成元年一一月」を「平成元年一〇月」と改め、同二行目の末尾に「そして、成立に争いのない甲第一八号証によれば、平成元年一一月一日から同月末日までの本件土地の賃料相当損害金が支払済であることが認められる。」と付加し、同八行目の「甲第一七号証の一」の前に「前記」と付加する。
二 以上によれば、原判決は相当であって、本件各控訴は理由がないからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条、九二条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。